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Go Beyond Lifeを振り返って 〜2020大会を終えて 〜共生社会とは何だろう〜 【2020カテゴリー②】

更新日:3月7日

はじめまして。Go Beyond 2020カテゴリー所属の宗像稔生(むなかたねお)です。

名字の宗像は福島に多いですが、そのルーツは福岡県にある世界遺産の宗像大社にあります。ここは海上守護を原点としているので、僕は海の神様の子孫だと思ってもらえれば大丈夫です(笑)



さて、2020大会が閉幕し、オリパラに向けた個人の活動・メディアによる報道・イベントの開催がひと段落しました。大会をご覧になっていた方々も、様々な名勝負に感動や勇気をもらったり、様々なことに気づきを得た期間だったかと思います。

そこで、よくパラリンピックで聞いた"共生社会"について自分の感覚を共有したいと思います。


障がいの有無にかかわらず、誰もが尊重し合い、自分の可能性が発揮できる「共生社会」の実現、という表現が、パラリンピックのレガシーとして目指す姿として記されています。

実際にパラ競技を体験、観戦すると、身体に障害を抱えるアスリートの方々が、自分の可能性を発揮している姿がありました。

一言で言えば、共生社会とは、誰もが同じラインに立って自分なりの全力を出せる環境づくりだと思っています。

しかも、パラ競技という体系化されたルールの中だけでなく日常のあらゆる場面で、色々な性質を持った人がより同じレベルで輝けるような、細かいルールや意識づくりを行っていくことが真の共生社会だと、今は思います。

しかし、このような世界の実現には、大きなハードルが存在していると大学1年の時は感じていました。

それは、人々の意識の奥底にある、自分と他人を比べる性質です。

私たちは、日々、自然と自分と他者を区別したり、場合によっては優劣を付けたりすることが多いです。それは、健常者と障害者という括りだけではもちろんありません。


しかし、これまでのオリパラに向けた活動を通して気づいたことが二つあります。

一つは、「自分と異なると思っている人は、"自分とそこまで変わらない"」という点です。

例えば、Go Beyondの活動で沢山のパラアスリートの方と交流する中で、自分がなぜか持っていた壁や貼っていたレッテルは徐々に剥がれていきました。

パラリンピックの選手村で朝から夕方まで生活していると、いかなる障害を持っている方とも、普段の生活と同じように全く違和感を感じないレベルで純粋なコミュニケーションをとることが普通になりました。

個人同士で、運動能力・学力・記憶力・体格など多くの力に差があるのが人間です。その一つ一つを比較せずに、お互い同じ人間として自然と接していれば、より共生社会というテーマは達成されやすくなるのではないでしょうか。

二つ目の気づきは、「共生社会は自分を楽しくする!」という点です。

自分自身、Go Beyondの活動やパラリンピックのボランティアで出会った人や考え・価値観は、普段の生活をしているだけでは辿り着けない領域にあったと思います。

また、自分とは異なる人と一緒に過ごすと、普段は思いつかないような気づきが絶えないです。

このブログを見てくれた皆さんも、オリパラは終わりましたが、様々な活動に参加することは継続してもらえるといいと思います!


最後に。

ここまで自分がこの3年半で感じたことを書いてきましたが、自分がGo Beyondで所属していた2020カテゴリーでのイベントでは、スポーツをきっかけとすれば、一度に多くの人々に向けて共生社会について伝えることができることに気づけました!

例えば、2019のラグビーワールドカップの際に実施したラグビーフェスティバルでは、日本戦のパブリックビューイングを行いつつ、来場者にパラスポーツについて発信しました。

このように、イベントを通じて大きなコミュニティに発信する機会を貴重に、今後も様々な企画をつくっていって欲しいと思います。

長文になりましたが、ご覧いただきありがとうございました!



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